2015.05.20
自動車業界トピックス
Koji Yamanaka
スバルのアイサイトをきっかけに、すっかり日本でもポピュラーな存在となった「自動衝突回避技術」。
競合他社が同様の機能を様々な方式で導入していますが、今や焦点は「自動運転技術」へとシフトしつつあります。
タイヤの回転をセンシングしてブレーキロックを防止するABSの技術が、ESCなどのスタビリティコントロール技術へと繋がっていったように、車の周囲を監視して駐車をサポートする超音波センサー、カメラ機能が自動駐車技術へと進化。
また、衝突回避のためのレーダーやカメラは、前方を走る車に追随して走行するアダプティブクルーズコントロールやヘッドライトのハイビーム自動制御へと応用されています。
これらセンシング機能の発展に、アクセル/ブレーキやステアリング操作を機械ではなく電気的に検知してモーターやアクチュエーターがコントロールするドライブバイヤイヤやブレーキバイワイヤの技術が加わり、いよいよ自動運転の世界が見えてきました。
自動運転そのものは、法律(事故が起きたとき、誰の責任になるのか?)や受け皿となる社会の側の問題が依然としてありますが、極低速で走行する自動駐車や、交通環境が限定的で歩行者などの外因の恐れが少ない高速道路での自動走行・追従走行は、そう遠くないうちに当たり前になってくるかもしれません。
自動運転について、興味深い調査報告が欧州の部品メーカーから出ていました。
「2020年の世界の自動車のイメージ」をテーマにしたドライバーの意識調査
(コンチネンタル・オートモーティブ社)
同内容を報じる「Car Watch」サイトの記事
日本では、欧米や中国と比べて
・自動車保有に対する欲求が低い
・保有するにしても小型で安価な車を好む
という嗜好が提示されました。その遠因は様々と思いますが、
・道路環境の整備が不十分
・人口が集中する都市部では交通量が多く、慢性的な渋滞が発生しやすい
・自動車の保有や走行にコストがかかる(各種税金)
といった辺りが大きいと思われます。
結果、日本のドライバーたちは車を運転することに多くのストレスを感じることになっている、とこのレポートでは説明しています。
一方、自動運転が普及することはまさにパラダイムシフトとも言える大きな変化を社会にもたらすことが別の記事で提示されていたのを見つけました。
(出展:Car Watch http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20150520_702761.html)
一方、自動運転が普及することはまさにパラダイムシフトとも言える大きな変化を社会にもたらすことが別の記事で提示されていたのを見つけました。
自動運転車で失業するのは運転手だけ、と思うのは甘い(GIZMODO)
もし車が完全に自動運転できる世界が来たら。 保有すること自体を目的(=ステータス、趣味)としたごく一部の車を除き、全てのクルマは社会の共有インフラになってしまう、という予測が提示されています。 鉄道やバスのように駅や停留所まで行かなくても、ドアtoドアで人や荷物を運んでくれる自動運転車のサービスが登場すれば、高い維持費や初期投資をしてまで車を保有したいと思う人は(そのコストに見合う所有理由や意欲がある人を除き)いなくなるでしょう。 ますます都市部に人口が集中する中で、その都市に占める道路や駐車場のスペースは有限です。いずれ車の保有台数にはリミットがかけられます。香港など国土の狭い国や都市では、ナンバープレートに高い税金をかけて車の保有を制限する仕組みがすでにあります。自動運転技術は、そうした動きにさらに拍車をかけるでしょう。 そこで問題となるのが、「自動車を沢山作って沢山売る」ことで利益を出している自動車メーカーの立ち位置です。 総数としての自動車の台数は減るわけですから、彼らのビジネスモデルはいずれ破たんします。最初は安全のため、商品としての魅力向上の為の自動運転技術や機能が、回り回って自分の首を絞めることになる・・・ 必ずこうなるとは言えませんし、世界的に見れば自動運転技術にそぐわない道路や国の方が多いわけですが、主要マーケットである先進国や新興国は急速に自動運転技術を持った車が普及することになるでしょうから、早い遅いの程度の差こそあれ、未来図はほぼ固まっているような気がします。 「車は所有しなくても、使うときだけその時間を買えばいい」 機械化やIT化が労働集約型産業の飛躍的な効率化を促したように、自動車の個人(法人)所有が当たり前であることを前提とした様々な産業は、こうした変化への備えをそろそろ考え始めてもいいのかもしれません。Koji Yamanaka